No,9494

臆病な自尊心。




短文つくっっっってます :: 2015/07/18(Sat)

泉千歳さんから「瞬」という言葉をいただいて、短文をつくりました。


瞬きは、僕を捉えて空中に霧散した。

健康的にのびやかな四肢が潤んだ熱を放射すると、一つの小宇宙が真昼のグラウンドを駆け抜けてゆく。高校総体が、近付いていた。

 

「君の写真を撮りたいんだ」

  うちの高校の陸上部は、あまり強くない。幅跳び、むしろインターハイ出場自体が、前代未聞だと聞いた。当然、学校としても生徒としても、本人にとっても誇らしいニュースである。新聞部が動き出すのもまた当然の反応であり、ここで新聞部に名高い、凄腕カメラマンの出番というわけだ。地方紙の写真コンテストの常連、将来の夢はカメラマン。

「いいかな?君の練習の邪魔はしないよう心掛けるし」

目の前の彼は、誇らしそうに微笑んでいる。答えは、イエスだ。

「いいよ、おれ、集中力には自信があるんだ」

 

撮り始めてわずか10分。

シャッターを切る音にも熱がこもってゆくのを感じる。「極める人間」ならば誰しもわかる、言語化の不要な感覚が、確かにあった。グラウンド、それを形成する、砂や、埃や、日射しや、強い影や、満ちた空気、突き抜けるような青空全てに、緊張感とも言うべき張り詰めた熱線がピリピリと支配していた。

身体はますます獣のように、過敏な神経で大胆な運動を繰り広げる。筋肉がムダなく、惚れ惚れするほど収縮し、時に一個の弾丸、時に一個のバネ、時に一個の飛行機となって宙を切った。

シャッターは走り始めを待たない。一切の動きが始まる前から、目の前の獣人の秘密を暴くために、執拗に、何度も、リズミカルな音を立てて全ての一瞬を捉えんとする。カメラは、全てを捉えることは出来ない。カメラの目は、最高の一瞬を見極めなければならない。そして、最高の一瞬を収めるため、最高の一瞬を、自ら、体現しなければならない。それは、もちろん、最高の跳躍あってのことである。カメラと被写体とが、驚くべきライバルであると、誰が想像しただろうか。二人は学年も違えばタイプも違う。この「撮影会」がなければ一生関わることのない二人である。

 

「お疲れ様、ありがとう」

「こちらこそ」

 

会話はこれで終わった。互いが汗をかき、息を切らし、輝く目を交わした。

この時の写真が学校中で話題となったのは言うまでもなく、その後、インターハイ優勝、写真はそこそこ有名な賞を取る。二人はそれぞれインタビューで、次の言葉を残している。

 

「すべてはかれのおかげです」

 

「かれ」についての追求には、二人とも、ただ微笑むばかりだったという。

(了)

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